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映画078 浮草

 『浮草』 1959年 小津安二郎

小津安二郎の作品は無声映画、白黒、カラーと多岐にわたっている。その中でも一番見られているのは『東京物語』に代表されるような、原節子やら笠智衆やらが常に家族を演じ、作品毎に同じような形式から違う主題を導き出した1940年代〜1956年の『早春』ぐらいまでの作品だろう。
その後、1957年に小津安二郎が描く世界としては際立って異質で暗い『東京暮色』があり、それ以降の6作はカラーで撮られている。
以前にも書いたことがあったけれど、僕は小津映画というものがあまり好きではなかった。ローアングルの固定カメラで映し出される市井の人々の日常を、こっそり覗いているような気がしてどこか気分が落ち着かなかった。しかし、アメリカに住んでいる頃にやっていた小津映画特集を見るうちに、そこに映し出されている「静」が、ある種のヨーロッパ映画の持つ静けさとも隔絶していることを理解したときには何か大人になったような気さえした。その当時の僕はやはり小津映画と言えば白黒という印象を強く持っていたけれど、最近になって晩年のカラー作品を見直していたらどの作品も美しかった。
その中でも戦前の自作無声映画『浮草物語』を自らリメイクした『浮草』の印象は強烈で、、小津作品で唯一宮川一夫が撮影を行ったその映像美、そして安定した住居を持つ家族を描いた作品が多い中、ドサ回りの一座が立ち寄った志摩半島が舞台であること、など異質な雰囲気に満たされている。

ドサ回りをする嵐駒十郎一座が立ち寄った志摩半島のとある漁村、そこには座長の駒十郎(中村鴈治郎)が密かに子供を産ませたお芳(杉村春子)が住んでいる。しかし駒十郎には同じ一座の中に公然の仲のすみ子(京マチ子)がいて、何とかすみ子の目を盗みながら伯父だと偽りながら息子である清に会いに行っていたけれど、それを怪しんだすみ子は妹分の加代(若尾文子)をそそのかして清を誘惑させている。そんな中、一座の公演は不入りで挙句の果てには一座の人間にお金を盗まれて一座は解散を余儀なくされる。駒十郎とすみ子の不和も頂点に達した駒十郎はお芳のところへ行って三人で暮らしていこうと告げる。しかし、いつの間にか本気の恋へと変わっていた清と加代は駒十郎に仲を認めて貰おうとするが、折角新しく家族を再生させようとした駒十郎にとってそれは痛い仕打ちのように思えた。思わず加代を殴ってしまった駒十郎と清の間に悶着が起こり、たまりかねたお芳は清に駒十郎が本当の父親であることを告げ、駒十郎はまた旅へ出ることを決心する。

何よりもまず印象的なのが宮川一夫の映像である。とにかく赤が強い。こんなにも強い赤に満たされた小津映画は他には無い。そして、基本的にローアングルでの中距離撮影や、顔のクローズアップを多様する小津映画で、多分唯一であろう遠距離からの撮影が強い印象を残している。駒十郎一座が漁村にやってくる。その道行を子供たちが囃し立てながら小道へと消えてゆく、その漁村にとっては「ハレ」であろう瞬間を俯瞰図として捕えている。別に映画というものはその撮影テクニックを知ったからといってより深く知れるものではないけれど、そこには他の小津映画にはない土地への愛着が見れるような気がして印象深い。
お芳との関係に気付いたすみ子が駒十郎を責め立てるシーンでは、豪雨の中、小道を挟んだ軒先に二人が立つ。土の匂いに満たされるような雨の中、二人がにじり寄る。歌舞伎を見ているような気迫で、激しく、そして美しい。お芳の家でお茶を飲む駒十郎のシーンは静けさに満たされている。二人の女の静と動の感情がうごめく中、駒十郎には一貫して主体が見えない。何となく流れ流されてきた浮草のような人生なのである。そこにはどこか喪失感があって、物悲しい。

その中で展開されるドサ回りの一座の人間模様。加代に清を誘惑するようにけしかけるすみ子。その関係は本当の姉妹のような信頼関係ではないし、本気の恋愛へと発展してゆく加代の心情をすみ子は決して予測出来ないし、すみ子と駒十郎の関係も決して夫婦のそれでは無い。ただそれは苦楽を共にした一座の人間関係であって本当の家族の関係ではないのだけれど、決して小津映画の描く家族と遠い存在ではないように思える。結局、人が生活を共にしながら生きていく姿は一種の家族とと言えるのかもしれないが、そこには家族の関係にあるような何があっても根底には信頼がある、というような関係では無く、どこか脆い。そしてその脆さを打ち消すように駒十郎はお芳との間が切れない。切れないけれどもそこにも家族を作ることが出来ない。
『浮草』は無声映画のオリジナル『浮草物語』で描かれたものと全く同じ構造ではあるけれども、それが白黒映画時代に執拗なまでに家族を描いた小津安二郎が改めて描いた家族不在という家族を描いた映画なのだと思う。
ラストシーン近くで駒十郎は「これでいいんだ」と自分に言い聞かせて村を去って、またドサ回りを続けることを決心する。そして駅の待合室にいけば、すみ子がいて、黙って煙草の火を点けてくれる。
結局は、芸人でしかない二人はまた苦楽を共にすることを決める。
そこには芸事の世界に生きる人々の物悲しさしかない。しかし、彼らにとっては悲しみも何もかも乗り越えなければいけない事情がある。なぜなら彼らは例え辛くとも何かを捨ててでも、芸の世界以外に生きる道も生きたい道も無いのだ。
同じように明日の人生も分からない仕事をしている僕にとって、どうしてもこの映画は忘れがたい。
映画 日本

映画076 駅 STATION

『駅 STATION』 1981年 降旗康男

僕は高倉健が大好きなので、健さんが出ていれば何でもいいやというところも無きにしも非ずだけれど、『網走番外地』や『日本侠客伝』シリーズの頃の無口で男気に溢れている高倉健と同じくらい、任侠映画が衰退した後にも自分の役柄というのを頑なに守り続けている高倉健も好きだ。
僕にとって映画を見始めた頃の高倉健は任侠映画のヒーローだった。そして、いつだったか初めてみたヤクザ役ではない健さんは『飢餓海峡』だった。もちろん、僕はリアルタイムで見ているわけではないので、自分の趣味に偏った見方をしてしまうから『飢餓海峡』を見たときには、こんな高倉健もいるんだという新鮮な驚きがあった。
そんな無骨で無口で影のある男で、しかも問答無用に女にモテる高倉健演じる主人公たちの中で僕が忘れがたいのは、80年代、降旗康男監督と組んだ『駅 STATION』と『居酒屋兆治』の二作で、両方とも何度でも見返してしまう。
ただ『居酒屋兆治』に関して言えば物語の緩さも多分にあるし『駅 STATION』の成功があったから作られた、所謂二番煎じだと言えるのかもしれない。しかし、決して駄作ではないし、それはそれで魅力的なのだけれども、やはり『駅 STATION』の完璧なほどの美しさには及ばない。

高倉健は警察官でオリンピックの代表にも選ばれるほどの射撃の名手の役である。しかし、それも物語の中で段々と垣間見えてくるだけで、この映画には説明くさい部分が一切無い。
例えば冒頭では、さびれた駅のプラットホームで無邪気に遊ぶ子供とその母親らしき女性(いしだあゆみ)が映し出されて、少し離れた所に高倉健ともう一人男が立っている。その映像からは彼らの関係性は何も分からないけれど、どこか楽しそうな雰囲気である。が、しかし、子供が高倉健に駆け寄って「お父さん、お弁当欲しい」とか何とか言うあたりから明るさに満たされていたはずの画面が突如悲しみに満たされてゆく。動き始める列車。母親は涙を流している。それを見送る高倉健。
その出来事が何であったのかは、物語が動き始めてから少しずつ説明されてゆく。
その後も高倉健は、射撃の名手であることから難事件の犯人射殺役を言いつけられ、犯人たちを殺し続けている。しかし、その一方、事件を介して出会う女性(烏丸せつこ)や、ふと立ち寄った飲み屋の女(倍賞千恵子)の生きざまを見つめつつ、自分の仕事の空しさや哀しさを抱え込み、女たちに何か心のより所を見つけている。
しかし、烏丸せつこ演じる殺人犯の妹すず子に恋心を持つわけではない。必死になりながら兄をかばい、紆余曲折の末、兄が消えさってからも彼女は健気に働いている。ただその姿を見つめているだけである。
倍賞千恵子演じる飲み屋の女とは、恋に落ちる。いや、恋ではないのかもしれない。ただ心の淋しさを埋め合わせるためだけに二人は少しの間寄り添っていたのかもしれない。だから、二人とも素性を語らない。過去に何があったのかを知らないままに一時だと分かりながら幸せを味わっている。

結局、主人公は孤独なのだ。人の命を奪うことの罪悪感に苛まれながら、それを語る女もいない。一人ぐっとたくさんの思いを心の底にしまいながら生きてきた男なのだと思う。だから彼は自分を慰める何かが必要で、それを探している。そして主人公の目を通して、彼の前を通りすぎてゆく女たちの人生が見える。それは決して映画の中では描かれないものだけれど、すず子にしても飲み屋の女にしても彼女たちには過去がありその先に未来があることが明確に描かれている。他の人々のひとつひとつの台詞や行動の中にも人生の後ろ側がおぼろげに現われて、それが折り重なっていくにつれて物語の中に無数の人生が広がってゆく。
もしも人生が一本の線であるならば、その線同士が重なりあった一瞬がこの映画には描かれていて、ひとつの線を越えれば、またどこかで違う線が重なりあう。その瞬間が美しくて儚い、限りあるものとして描かれている。
だからこの映画は美しい。ひとりの主人公を通してたくさんの人間の人生が浮き彫りにされて、そこには様々な歓びと哀しみがあることが見えるから美しい。
その人生があまりにも些細で、決して富や名声を得られるものでないとしても、限りある生を懸命に生きているということだけで、生きることの意義を見たような気がする。
だからこの映画を見ると、いつでも、ただ生きているだけでもそれが本当に美しいことなんだと感じる。人と出会い別れ去ってゆくことの繰り返しかもしれないけれど、その中に生まれる喜びや哀しみを感じることが人生にとって大切なことなのだと思う。
ちょっと大袈裟すぎるけれど、それくらい僕はこの映画が大好きで仕方がない。
映画 日本

映画075 妖刀物語 花の吉原百人斬り

『妖刀物語 花の吉原百人斬り』 1960年 内田吐夢

新文芸坐の内田吐夢特集上映でずっと未見だった『妖刀物語 花の吉原百人斬り』を見た。とにかく最後の桜吹雪の中での大立ち回りが美しいという話だったのだが、全体を通して総じて美しい映画だった。
この『妖刀物語 花の吉原百人斬り』は歌舞伎「籠釣瓶花街酔醒(かごつるべさとのえいざめ)」に題材を取り、しかし歌舞伎からは大きく役柄を変えた遊女・八ツ橋(水谷良重)と年齢を30歳の設定と各段に若くなった佐野の次郎左衛門(片岡千恵蔵)が映画に映像である理由を与え、物語の大胆な変更もただの痴話話のもつれからの殺人事件に留まらない男女の業の深さを見事に説明していた。

まず、概略ではあるが「籠釣瓶花街酔醒」では、田舎に住むお金持ちで、醜い顔に生まれついた次郎左衛門が見物のつもりで立ち寄った吉原で出会う花魁・八ツ橋に一目惚れしてから通いづめで身受けの話までどうにかこぎつけた矢先八ツ橋の養父の差し金によって、満座の中、次郎左衛門は八ツ橋に袖にされ、それを恨みに、一度抜けば必ず血を見ると言われる妖刀・籠釣瓶で八ツ橋を切り殺す。
これに対して、僕が大好きでいつも聞いている寿々木米若の浪曲「吉原百人斬り」では、大筋は同じであるが殺しの場面に相違がある。満座で恥をかいた次郎左衛門は一度田舎に帰り日を改めて妖刀と共にやってくるのに対して、浪曲では、八ツ橋と次郎左衛門の座に、八ツ橋の許婚が現れて、その場でどちらの男を取るか、という争いになり、さらには八ツ橋の父の敵が次郎左衛門の父であることが発覚したりしながら、幼刀の存在は一切なく、逆上によってその場で八ツ橋と許婚を殺す。
この両者に共通しているのは、次郎左衛門の性格は田舎者の世間知らずではあるものの押し並べて良く温厚である。しかしそれが一たび花魁を見染めて以来気も狂ったようにお金をつぎ込み、そして振られたことの怒りによって花魁を切り殺すところにある。

もちろん歌舞伎や浪曲の素晴らしさもあるが、特に歌舞伎に関しては若干の野暮ったさがあってどこか物語に力がないように思える。さらに田舎者が花魁の色香に迷った末の人殺しとは、実際の事件を元に描かれているとは言え、何と無く男性側の悲劇であり、花魁に人間的な魅力というのが少し見えずらい。
『妖刀物語 花の吉原百人斬り』での内田吐夢監督の変更点で特に大きいのはその花魁の描き方の凄まじさで、ともすればこの物語は八ツ橋の悲劇であるかもしれないと思うほどである。まず八ツ橋はそもそも太夫ではなく、岡場所で非合法で売春を繰り返していた女という設定である。それが御用となり吉原での一生奉公を命じられることになる。周りは幼いころから教育を受けてきた花魁たちである。その中に一人、何のルールも知らない粗野な女つるは、花魁たちが顔にあざのある次郎左衛門を嫌がり、急場しのぎで花魁にしたてあげられて、玉鶴という名で座敷にでる。皆に怖がられて育ってきた次郎左衛門は、物怖じしない玉鶴に優しさを見出して贔屓客となり、吉原の掟も分からぬままに私財を投じて玉鶴を最高位の太夫に仕立てようとする。
しかし次郎左衛門の国では自然災害も手伝って仕事が傾き金の工面にも苦労し始めると、すべての雲行きが怪しくなりはじめて、遂には資金繰りも滞り、折角太夫にまで仕立てた八ツ橋(元・玉鶴)に愛想を尽かされて、桜の頃、八ツ橋の花魁道中に妖刀村雨「籠釣瓶」を持って斬りかかる。
しかしそこで恨みを持つ相手は郭の主人や郭で生業を持つ人々と八ツ橋である。桜吹雪の中の壮絶で美しい立ち回りの中、次郎左衛門は「吉原の悪人出て来い」と叫ぶ。彼は、善人でありながら金をむしり取られて愛想を尽かされたすべての原因を吉原という場所に求めている。
そこには、恋にほだされた男の哀しさがある。
その悲痛な気持ちとの中、八ツ橋も閉ざされた吉原大門によりかかるように斬られ、豪奢な衣装に身を包んだまま倒れてゆく。

この八ツ橋、岡場所出身であり他の花魁たちに馬鹿にされ無碍にされながら、したたかに、いつか見返して松の位の太夫になる、という野望を抱いている。どこか、人生の底から這い上がって、形振り構わずに成功を求めるその強さ、そして、そのうちに秘めた自分の人生の哀しさが入り混じって、歌舞伎で描かれる八ツ橋よりも壮絶で美しい。しかも水谷良重が決して美人では無く、強気で虎視眈眈と目を光らせる様子、そこに見える女の強さというのが感動的で、それが花の吉原での立ち回りになれば、やっと太夫になったというのに悲運の最後を遂げてゆく。

二人の二用の悲劇が淡々と描かれてクライマックスに昇りつめてゆく様子が素晴らしいし、何といっても二人の心象風景の描写が美しい。決して二人ともが悪人では無い。善人であるが故に結局は恋が終わり被害者と加害者に分かれてしまう。
こういう時代劇があるというのはとても幸せなことだと思う。

上映後には、水谷八重子(元・良重)さんのトークショーもあって、いろいろと撮影の裏話を話してくださって、それも何だか楽しかった。
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映画074 台風クラブ

『台風クラブ』 1985年 相米慎二

夏になる。田舎町に住む中学生たちが台風の接近と共に理由の分からない心の高揚にとらわれて、騒乱状態になって、もちろん自分たちでも理由の分からないまま幾人かの中学生たちが台風の直撃する中学校に潜み、一夜を過ごす。そして、その一群とは別に少女・理恵(工藤夕貴)は原宿へと向かい、見知らぬ大学生にナンパされ、そのままついて行ってしまう。
何が一体彼らに高揚感を与え、日常を逸した行動を引き起こしたのか。
映画の中でそれは全く語られることが無い。というか、むしろそこには何の理由も無いということが重要なのではないかと思う。

映画の冒頭、夜の中学校に忍び込んでプールではしゃぐ少女たちがいる。彼らが馬鹿騒ぎをしているとすでにプールには男子が一人先客としていたことを発見する。そして、少女たちは少年を捕まえるとコースロープを体に巻きつけて水の中に引っ張っては大声をあげて笑っている。
そのうちに男子は意識を失ってしまうのだけれど、少女の一人が呼びに行った野球部の少年の心臓マッサージによって事なきを得る。
少女たちにはまるで危機感が無いし、プールに沈められた少年も別に被害者意識を持つわけでも無い。彼らは、加害者としても被害者としても自覚が無く、事の重大性には全く気がつかない。
台風の直撃した中学校の中に取り残された少女を少年がレイプしようとするシーンにしても、少女は逃げているにも関わらず、根本的な被害者意識は欠けている。
理恵にしても、突然の衝動だけで原宿まで行って、場に流されて大学生に着いて行ってしまい悲しい気持ちにはなるけれど、それだからといって何かものすごい反省をするわけでは無く、突然に淋しい思いに駆られてその場をただ去って家路につく。
深夜の中学校では男も女も下着姿で踊りを踊り、台風の校庭に出て大声で歌を歌う。彼らはただそれをしたいがためにしているのだ。

ふいに思い悩むような仕草もあるのだけれど、この映画は全編を通して、ほとんどの場面で登場人物が自分たち自身の行動や言動に対して全く説明能力を欠いていて、理由が何も無いまま、行動だけで物語が綴られてゆく。
その理由の無さ、そこにはぽっかりと空虚だけがあって、すべては衝動だけで押し進められてゆく。
この理由が無いということ、衝動だけで自分たちのやっていることの重大性の気付かなさ、というものこそが、少年少女時代から青年へと移り変わってゆく過渡期なのだと思う。一切説明できない、ただそうであるからそうである、という生き方こそがその短い期間の輝きで、それがこの映画の中では台風が直撃する一日なのだ。
きっと彼らはこの理由の無い無茶な一夜を経て、一歩ずつ大人へとなってゆく。そのスタートラインに着いたところなのだ。

映像表現も時に過激で、前述のようにレイプ未遂や下着でのダンス、さらにレズごっこや未成年の喫煙シーンもある。
どれもが自分に重ね合わせたときに、経験したことではないにせよ、成長過程に覚えた衝動を見せられているようで、そこに何の理由もないからこそすべてが心の奥底に突き刺さるような気がする。

ラストシーン近く、翌日に一人学校へ向かう理恵に向かって少年が言う
「お前、少し背が伸びたんじゃないか?」
という台詞が印象的で、たった一日の出来事が彼らには永遠のように長く思えたのだろう。そして、生まれ変わったような気持ちになって、一日ではあり得ないほどの成長を他人に見たのだろう。
こんなにも瑞々しく成長の萌芽を捉えた映画を見たことが無いし、この過激な表現では今は映画が作れない。
そして僕は、この映画を見返す度に圧倒され続けて、その気持ちの高ぶりを言葉にすることがこんなにも難しい映画は無い。
しかし言葉にならないからこそ、映画が映画であることの理由になる。つまり、この映画は他の何物にも変えようがないほど映画なのだ。これほどまでに映画である強固な理由を持つ映画は本当に少ない。
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映画068 簪(かんざし)

『簪(かんざし)』 1941年 清水宏 

静かで美しい映像、清水宏監督の映画に映し出される人々は、中距離から撮影された画面の中に、周りの情景の中に溶け込むように存在している。
遠距離からの映像は、誰もが群衆の中の一人である、というイメージを見せる。逆に至近距離のクローズアップには、外的な要素を取り払った、その人物が唯一無二の存在である、と言うイメージがある。
そして、その中間を行くものが中距離からの撮影で、例えば、ひとつの部屋が映し出され、そこに人物が配置されている。彼らは、外的な存在であり、そして、内的な存在でもあり、人間が各々個人でありながら社会の一部である、というような気持ちにさせるような気がする。確かにほとんどの映画が中距離からの撮影であり、ともすれば凡庸で主張の少ないカメラワークになっていく。しかし、清水宏監督の映像には、情緒があり、中庸の美というのか、一歩引くことで見える人間の個性が光っている。

代表作は1938年の『按摩と女』。山の温泉宿を舞台に謎めいた女と盲目の男の愛の物語で、人間の優しさに溢れかえっている。一つひとつのシーンも山間の宿という、一種日常生活から隔絶された場所を舞台に、幻想的に描かれていて、短い映画であるにも関わらず、すれ違い、寄り添う男女の抒情がとても美しい。
その映画の中でも多分に即興的な演出が使われていたけれども、1941年の井伏鱒二の『四つの湯槽』を脚色した『簪(かんざし)』は、さらに物語の重要性は薄れ、役者たちが自由にのびのびと演技をしているように思える。
物語は『按摩と女』のバリエーションとでも言えばいいのだろうか、山間の避暑地を舞台に、温泉宿に集まった人々が織りなす一時の人間模様。一癖も二癖もある人々が、日常生活から離れた場所での共同体の意識の中、微妙な距離感を保ちながら、避暑を共にしている。
その中で事件が起きる。一人の男(笠智衆)が温泉に浸かったときに足に簪が刺さり、怪我をしたのだ。そして、よくよく調べてみれば、それは前日宿泊していた参拝講に来ていた女性・太田恵美(田中絹代)が落したものだと分かる。
恵美はお見舞いの為、再度温泉宿に訪れ、東京へ帰ることを渋りながら、ダラダラと逗留を続けている。
彼らの間には淡い恋が芽生え、他の人々も夏の一時をゆっくりと過ごしながら、ただただゆっくりと時は流れてゆく。

人にはそれぞれ自分の生活があり、その日常を知らない人々と共に過ごすこと。それは、一種の逃避であると同時に、自分が過去や現在の生活に縛られた一人であることから解放されて、何者でもない一人という自由を手に入れられることでもある。端的に言えば、旅とはそのようなものであり、その非日常の中には、一種のハレ的な高揚感がある。
都会の雑踏の中ではすれ違っていくだけの人々が、同じ時間に同じ場所にいるというだけで、そこには特別が何かがあるように、寄り添い、そして、夏が終われば、また散り散りに日常へと舞い戻ってゆく。

たった一時の、止まり木のような夏を、淡やかな映像の中に描き、静かに過ぎ去ってゆく時間を描いた『簪』。
人々の触れ合いも、そこに訪れた小さな恋も、一瞬の休息で、それは何か日常というただ流れゆく毎日を忘れる美しいひと時なのだ、と思う。
その一瞬の輝きこそがドラマであり、また日常へと立ち戻る彼らが同じ時間を過ごしたその時というものが、何か特別なものであるように思える。
こういう、何でもないかもしれない出来事。出会いと別れという言葉すら大仰すぎるような、休息のような出来事がドラマになり、それを見ることに幸せを感じる。

ドラマとは本来、日常生活の中にもあるはずの、激的な出来事のことである。普段の生活から離れた一種の異常事態。それを纏めてドラマと呼んでいいのだと思う。現在ドラマとして認知されている多くのものは、日常生活の延長線上に起きた目新しい出来事であって、本来のドラマでは無いように思える。本当のドラマは、心の中で一瞬きらめくような、衝撃を受けるような出来事で、些細な日常の中で見つける幸せにはドラマは無い。
清水監督の諸作品は、一見、何も起きていないかのような静かな物語の中に、一瞬きらめくようなドラマがある。

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映画067 残菊物語

『残菊物語』 1939年 溝口健二

子供のころから昔の映画を見る機会は多かったけれど、『雨月物語』や『羅生門』など一種の分かりやすさ、というか、完成された異質な世界観のあるものばかりを見ていた。人間の成長を描いたものや、静かな恋愛映画は子供の僕にはあまり理解出来ずにいた。
この『残菊物語』も初めてみたのは18歳の頃で、たまたまやっていた溝口健二特集で何本かの作品を見たうちの一本だった。しかし、暗い画面とざらついた音声ばかりが印象に残って、映画に描かれているものが何なのかほとんど分からなかった。
しかし、20代後半になって改めて見直した『残菊物語』に描かれているものは、歌舞伎役者として成長するために人生の苦悩の時期を味わった男と、それを支え続けた女の美しく儚い物語で、その淡やかな物語は、とても深く自分の中に着地点を見つけたような気がする。やはり、人それぞれ、自分が理解できる年齢に達する、ということがあるのだろう。その時期ではないときに良いものに触れても、意味を成さないのかもしれない。

溝口監督の『残菊物語』は、もちろん溝口監督の戦前の代表作の一つであるし、今更何か言うこともないほど名作として名高い。さらに、ワンシーンワンカットを撮影の基本に作られた映像の美しさはこの上もない。しかも、それがただ単にテクニカルな問題であれば、あまりワンシーンワンカットということには意味がないと思う。観客にとって、撮影技術は重要なのではなく、その撮影技術を用いることで、観客に、伝えたいことが一番伝るのでなければ意味がない。
『残菊物語』は基本的にワンシーンワンカットであるけれど、場合によってはそのルールを踏襲せず、ワンシーンの中にカット割りのある部分もある。
自分自身でルールを定めた上で、それ以上に別の方法が効果を持つと思えば、自らのルールを破ることも大切である。
例えば、というか、全く関係はないけれど、20世紀の作曲家シェーンベルグは12音技法という音の順列による主題構成法を考えた。並べられた12音がそのままの列として書かれている。しかし、場合によっては、その順列は破られ破たんがある。自分が美しいと信じる方向がそこにあるとすれば、躊躇なくルールを破る。そこにシェーンベルグの作曲家としての真価があるのではないかと思う。自らのきめたルールを変えるには、より良くなるという自信と自分の中への裏付けが必要で、それはこの『残菊物語』にも言えることではないかと思う。

物語は、花柳章太郎演じる尾上菊之助が自分の人気が父菊五郎に因るものだということ知りながら、それでも自分の芸に伸び悩んでいるところから始まる。しかし、森赫子演じる乳母お徳だけが菊之助の芸が本物では無い、と面と向かって言う。そこから、二人は親密な関係になってゆくけれど、父としてはゆくゆく菊之助を支える妻としてお徳では役不足であると感じている。
離れ離れにさせられた二人。しかし、機を見て、二人は手を取り合い家を飛び出し、ドサ周りの劇団の一員として地方を回る。
そのうちに、ただの一介の芸人の身の上へと甘んじてゆく菊之助。それを鼓舞しながら、いつか東京の歌舞伎への復活を夢見るお徳。いつの間にか夢を追うことを諦めてしまった菊之助を、お徳が支え続け、遂には東京の歌舞伎へと復帰することになる。しかし、その条件とはお徳との別れであり、菊之助に黙ったまま、お徳はひっそりと身を引いてしまう。
ドサ周りの経験からか、お徳の献身のおかげか、菊之助の芸は一回りも二回りも大きくなったと評判になり、役者としての成功を納める。船乗り込みで贔屓衆に挨拶をする日、菊之助はお徳が病身で床に伏していることを知る。
そして、駆けつけた菊之助、船乗り込みが終われば戻ってくるという言葉が二人の最後の別れになってしまう。

この悲恋は、ほとんどのシーンがワンシーンワンカットで撮られている。そこには、ワンカットであるからこそ見える二人の間にある息づかいや心の変化がある。それこそがこの映画の魅力であるのだと思う。
初めてお徳が菊之助の芸について意見する場面、長い土手を歩きながら話す二人。それがワンシーンであるからこそ、段々と変わりゆく二人の距離が見える。この物語の主役は、常に二人であり、ほとんどのシーンに二人の姿がある。それ故にワンカットの中に収まる二人の心の距離がゆっくりと近づき、そして、時に離れながらも進んでゆくことが、その映像の後ろ側から沸き立つような気がする。
その緩やかな心の機微と、芸と芸を支える女の姿が美しく、華やかな船に乗り込むラストシーンは表面にあまりにも華やかな世界があるからこそ、その裏側にある死にゆくお徳の哀しみが、深くなってゆく。

溝口監督の作品には、心惹かれるものも多いけれど、『残菊物語』は宮川一夫が撮影を担当して作り出した世界観とは違う、溝口監督自身の映像へのこだわりの見える作品だと思う。
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映画065 恋人たちは濡れた

『恋人たちは濡れた』 1973年 神代 辰巳

僕が日活ロマンポルノを初めてみたのは、今はもう無くなってしまったどこかの映画館のオールナイトで神代辰巳監督の特集だった。
その頃、僕は高校生だったか卒業したてだったか、そのくらいの時期で、それまで色々な映画を見てきた十代の僕は、映画好きが一度は通る日活ロマンポルノやATGの素人臭さの残る映像や高額な製作費を投入した大作には無いざらついた雰囲気に、何か本当の映画のリアリティというものを感じた。
日活ロマンポルノは、1971年から80年代後半まで作られた日活の所謂エロ路線の映画群で、物語や作風は様々だけれど、とにかくむやみやたらと濡れ場がある。しかも、その濡れ場といったら、普通の濡れ場の撮り方では無い。通常の劇映画で有れば何となく隠される局部や、美しさやアングルを工夫するような部分もあると思うけれど、日活ロマンポルノの場合は、あまりにも大胆すぎる濡れ場! いや、そのシチュエーションがまずおかしい、ということもあるのだけれど、男でも女でも局部が写りそうになれば、画面を覆う真っ黒い四角い修正。それは局部だけでは無く、人や周りの景色すら覆うこともしばしばで、場合によっては、荒涼とした風景の中にただ黒い四角が浮かび上がっているようなことすらある。

しかし、逆に言えば、濡れ場さえ登場すれば何を撮っても許される、というのが日活ロマンポルノで、さらに日活の撮影所を使った撮影も出来るために、脱ぐことにためらいの無い女優の出演や、監督の自由な作風が如何なく発揮されていて、名作と呼ばれる作品も多く制作された。
そして、何よりもタイトルが魅惑的で素晴らしい。同時期に若松プロダクションで、日活ロマンポルノよりも更にアート寄りな作品を撮り続けた若松孝ニ監督も素晴らしい作品とタイトルを残しているけれど、神代監督作品では『濡れた欲情・特出し21人』『濡れた欲情・ひらけ!チューリップ』など濡れた欲情シリーズのサブタイトルも良いし、名作『赫い髪の女』…何か通常の劇映画には無いB級感と思い切りの良さ。
そのタイトルだけで、一体どんな内容なのか、と期待感が膨らんでゆく。

そんな神代監督作品の中で、というか、僕にとっては、何と言うか日本映画屈指の名作だと思う作品が『恋人たちは濡れた』で、若い男が一人、ふらりとどこかの地方都市へやってきて、成人映画館でアルバイトをしているところから始まる。彼は、道すがら人々に「克」という名前で呼ばれる度に、違うと否定し続けている。何か過去がありながら、懐かしさに負けて故郷に足を踏み入れた男なのかもしれない。
映画のフィルムを自転車に括りつけて疾走する男。そして、彼の働く映画館には、いかにもエロい雰囲気しか無い女主人よしえ(絵沢萠子)が、ネコを撫でながら受付に座っている。何となく、よしえと愛人関係になる男。
そして、克は、ある日、野原でセックスをする光夫と洋子(中川梨絵)を視姦し続け、その日以来、彼らはつるみ始める。光夫の紹介で出会った少女をレイプまがいに犯し、映画館の女主人との関係も続いている。

それは、ただただ続く荒涼として乾いた地方都市の若者たちの姿で、そこに何か目的があったり、向かう場所があるわけでは無い。その瞬間その瞬間が楽しければそれでいい、という若さなのだと思う。
そこには意味や理由は無く、はけ口の無い鬱屈感がそのまま飛び出している。そこに性的な描写が入り乱れることで、何故か、一般的な青春映画では描かれない部分が埋められてような気がして、行動や物語は別としても、観念的な青春時代のリアリティが見えるような気がする。

そして、映画が終盤に向かってゆくと、物語は動く。
映画館を去り、またどこかへと旅してゆくことを決めた男。彼が映画館を飛び出した後を女主人が追いかける。
このシーンの秀逸さと言ったら、成瀬巳喜男監督の『乱れる』のラストシーン高峰秀子が死んでしまったかもしれない義弟の元へと温泉宿を走るシーンよりも素晴らしい。『乱れる』でも一心不乱に高峰秀子は走っていたが、どこか女を捨てきれずに着物の裾を正したままの小走りだった。
しかし、絵沢萠子は違う。髪の毛を振りみだし、着物の裾ははだけ、足袋だけで商店街を走る。しかも、ロマンポルノの撮影は、かなりゲリラ的に敢行されているために撮影を意識していない一般人が写り込む。一般人が写り込むところで、撮られているのがエロ映画だという何となく禁忌を犯しているような感覚にも感慨深さはあるけれど、常軌を逸した着物の女ががむしゃらに走る生々しさ。
さらには、長い梯子を持ちだして、どこかの銅像に昇り、首を括る女主人。しかし、その紐は緩み、宙ぶらりんのまま、絶叫する。彼女は死んだのか死にきれなかったのか僕たちには分からない。ただ、中途半端に宙ぶらりんの状態に置かれた女の姿は救いようがなく残酷だった。
一方、男は街を出ようとするが、何か気持ちを変えて、光夫と洋子と共に砂浜(御宿の砂漠)で馬跳びをしている。馬跳びをしながら段々全裸になってゆく洋子。股を開いて飛ぶ瞬間のみ局部に現れる白い修正。すべてがシュールで、そのハイセンスな感覚といったら!
そして、そのまま、街に残ることを決めた克。洋子の自転車の後に乗って、勝浦の漁港にいる。そこへ現れた男によって、刺された克。静かに血を流しながら海へと落ちてゆく。

最後まで明確に克が誰であったのか分からない。しかし、そこには名前や職業に左右されない明確な過去があって、逃げ切れない業がある。
そして、それと同時に激しさに満ちた若さや荒涼感がある。
しかし、そうは言ってもロマンポルノはロマンポルノ。そこに映し出される意味の無さに、心惹かれるものがある。
映画 日本

映画061 実録・連合赤軍 あさま山荘への道程

『実録・連合赤軍 あさま山荘への道程』 2008年 若松孝二

すべて実名で、連合赤軍がいかにしてあさま山荘に立て篭もったかを描く、若松監督渾身の作品。
若松監督がずっと撮りたかった映画ということで、その気合の入り方も尋常ではないけれど、3時間、映画のテンションが全く落ちないまま、進むその力に圧倒される。
この題名と、連合赤軍のあさま山荘立て篭もり事件を描くということで、まずは政治的な映画である、ということが全面に出てしまう。しかし、(実際に政治的な映画ではあるけれども)実際には、その事件を通して人間を描きたかった、ということなのだろう。いかに人は弱く、集団に左右されてしまうのか、という、人間の姿が執拗に描かれている。

連合赤軍は、学生運動から生まれた軍事組織で、国家、警察などの権力に対する過激集団で、委員長の森恒夫、副委員長の永田洋子を中心にした独裁組織。軍事演習と称して、銃の訓練などを山岳キャンプを張りながらしていた。実質、森と永田の独裁だった連合赤軍は、「総括」という自己反省を集団に課し、「総括」出来ていないメンバーにはリンチを加え、殺す。
映画では、赤軍誕生から「総括」の山岳ベース事件までを刻々と追い、次々と死に追いやられる様、森と永田の独裁、そして、それを悪と思いながらも言い出せずに、赤軍メンバーとして行動してゆく人々の姿が描かれ続ける。自分を見失い、暴力や自己正当化へと突き進み、本来の目的を逸してゆく森と永田の狂気。
永田は書記長の坂口と付き合っていたけれど、いつしか森と愛し合いそれを坂口に告げる。
「私と森さんが愛し合うことは、共産主義的革命にとって一番いいと思う。」
そんな意味不明な言い訳は、ただのお笑い種だが、自己を見失い、革命と私利私欲を混同してゆく彼らの狂気を思えば、その言葉を平然と発する彼女の怖さに、笑いよりももっと危機的な怖さを感じる。
山岳ベース殺人を繰り返し、段々と内ゲバに発展してゆく中、警察に察知されないために転々とベースを移動する連合赤軍。終焉に向かい、移動した森と永田を追うように9人のメンバーが山を歩く。その途中、森と永田が逮捕されたことを知り、それでも革命を遂行するために9名は二手にわかれ下山する。4人は逮捕され、残った5人が警察に追われながらも、あさま山荘をなし崩し的に占拠し、山荘の女主人を人質に(と言っても彼らの敵は国家であり、民間人は敵と見なさないために人質ではないが、実質人質)立て篭もる。
そして、9日間の立て篭もりの末、警察の突入、逮捕。
映画はここで終わるが、これ以降の事件は周知の通りである。

いよいよ警察が突入する直前、皆が皆を鼓舞し合いながら革命を遂行し、死んでいこうとする中、最年少のメンバー加藤元久が涙ながらに言う。

「何が革命だ。これが革命か! 僕たちは勇気がなかったんだ。僕たちは勇気がなかったんだ!」


人は自分が正しいと思った道を進み、そしてそれが狂気に陥ったとき、もしもそれが集団であればあるほど、後戻りが難しくなる。
何をしたかったのか、何をするのか、ではなく、いかにしてその集団の中に埋没してゆくか。
これは連合赤軍に限った話ではない。
政治の話でもない。
僕たちが生きていく中で、何となく何も言い出せずに取り返しのつかないところまで物事が進んでしまうことがあるかもしれない。いつまでも言い出せずに、ただ集団としての物事が進み、そして、それが自分の本当にやりたいことではなかった、と言う。
それは、ただ、勇気がなかった、とは気がつかない。

勇気がなかったゆえ、集団に所属し、勇気がなかったゆえ、集団リンチに加わり、勇気がなかったゆえ、あさま山荘を占拠し、勇気がなかったゆえ、自分たちを鼓舞し正当化してゆく。
自分を綺麗に見せたいのは人の性かもしれない。
しかし、自分のやっていることに疑いをもったとき、潔く辞めるというのは、弱さではなく、強さだと思う。
そして、その強さを持つことは難しい。
人の弱さや悲しさ、その中でも懸命に自分を探し求める人間。
そういう人間の姿がこの映画では描かれている。
その意味で、この映画は政治的なメッセージを持った映画というだけではなく、人間の弱さや生きる意味を問いかける作品だと思う。
映画 日本

映画058 みな殺しの霊歌

『みな殺しの霊歌』 1968年 加藤泰

加藤泰、唯一の現代劇で、白黒の画面に鮮烈な殺しが炸裂する社会派サスペンス。
冒頭から一人の女が情事の後に殺され、それは一見、無意味な惨殺劇の幕開けのように見えるけれど、物語が進むに連れて、それは全国に指名手配されている一人の男、川島(佐藤允)の、一人の少年の自殺に対する復讐劇であることが露呈されてゆく。しかし、少年の自殺と女たちの関係が明確には分からず、さらには川島は行きつけの食堂で働く女春子(倍賞千恵子)と淡い恋に落ち、物語は復讐劇と緩やかな恋の二つを行き来しながら進んでゆく。川島は自分が指名手配されていることをひた隠しているが、実は春子が暴力的で手に負えなかった兄を殺し、執行猶予中の身であることを知る。それ故に尚、春子に対する思いを強めてゆく。

非情に女たちを殺してゆく川島、そして、春子との恋に生きる川島。一人の男に二面を常に映し出しながら進む物語は、まるで任侠映画か、股旅映画を見ているような錯覚にすら陥ってゆく。ここで任侠映画と違うのは、もしもこれが任侠映画であれば、殺しても殺されても文句の言えない世界で生きる者同士の殺し合いや、その血にまみれた世界での生きざまが描かれるはずである。股旅ものであれば、行く先々で人情にほだされて、正義の為に命をかける。しかし、この川島という男は、自分は殺人犯で指名手配であり、まず社会的に良しとされない人間であることは間違いない。その人間が、孤独になり、その中で出会った(といってもほとんど挨拶程度にしか話したこともない)少年の自殺を女たちの戯れのせいであると憤って、惨殺を企ててゆく。さらに執行猶予中の春子に対しては、無上の愛を注ぐ。あまりにも矛盾した心と自分中心の殺人。自らの正しさを正当化するためだけに生きる男は、冷酷で救いようがない。

これは任侠映画の限定された世界での殺人とは全く意味が違い、現代という大きな社会の中に突然異質の分子が飛び込んできて、女たちを殺す物語。
純粋に物語だけを見れば、頭のおかしい男のご都合主義の殺人劇である。
それにも関わらず、そこには加藤泰一流の男の哀しみが描かれている。
決して肯定できる殺人ではない。しかし、少年を自殺に追いやった女たちにも非があることは否めず、冷酷であるにも関わらず、たった一人の少年の死の復讐のために命をかける男の姿には哀愁がある。
そして、所々、加藤泰の独壇場、任侠映画での男と女の印象的なシーンが挿入される。例えば、春子が執行猶予中であることを告白するシーンは、川沿いで夕日をバックに撮られている。このシーンだけを見れば、任侠映画と見間違う。雨を美しく描いている部分も任侠映画的であると思う。

現代劇であるけれども、その根底には任侠映画がある。それが加藤泰の世界であると思う。どこかで聞いた話によれば、加藤泰監督は任侠映画をあまり撮りたかったわけではないらしい。それにも関わらず次々と生み出された任侠映画の傑作たち。その加藤泰が撮った唯一の現代劇は、正直、これを現代劇的な社会派サスペンスにする必要があったのかどうか疑問に思う点が多い。この現代劇の根底には任侠映画的な美学が流れ続けていて、現代劇であるからこそ露呈されてしまう任侠という世界の「限定された空間」が崩壊し、映画の中で描かれる人間の真理が矛盾を孕みすぎて飽和している。
それにも関わらず『みな殺しの霊歌』が魅力的なのは、白黒の画面に映し出される加藤泰の映像美が現代劇においても如何なく発揮されていることと、加藤泰の根底に流れている男の哀しみと女の強さがここにも表れていること。さらに、本人がどう思っていたかとは関係なく加藤泰という監督が任侠映画を得意とする監督であるということを改めて認識できる映画であるということが、加藤泰好きとしては興味深い。
もちろんこの映画を傑作であるとは言わない。それでも加藤泰監督が残した唯一の現代劇というだけでも見る価値があるのかもしれないと思う。
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映画057 真田風雲録

『真田風雲録』 1963年 加藤泰

どこかで井上ひさしが戦後に書かれた戯曲ベスト3に入るだろう作品として福田善之の『真田風雲録』を挙げていた。
この戯曲は60年安保を、幕府軍が豊臣軍を滅ぼした大阪の陣に見立てた作品で、原作戯曲はやや政治色のあるものだった。
しかし、加藤泰は、そこから一切の政治色を排除し、さらに時代考証を全く無視した衣装や音楽、言葉づかいを駆使して、異色で強烈な戦国時代を描きだした。しかも、その全体のテンポ感の良さや軽いタッチは、他の加藤泰監督作品とは全く違う軽妙さで、一番近い作風としては『車夫遊侠伝 喧嘩辰』が挙げられるけれど、それよりも尚、軽妙で、カラー作品の中にたくさんの色が鮮やかに浮かび上がる。

戦場で泥棒を働いていたお霧、清次、伊三、六。彼らは子供ながらに戦場を駆け回り逞しく生きていた。そして、そこに落武者の根津甚八らが加わって、彼らは自分たちの力だけで戦乱期を生きてゆく。
そして、隕石の墜落によって超能力を使えるようになった、はなれ猿の佐助(中村錦之助)と出会う。彼らは時を経て、大阪の陣の直前に、また再会することとなる。
さらには、ギターを掻き鳴らし歌う由利鎌之助(ミッキー・カーチス)も加わり、彼らは真田幸村の元へと結集し、大阪城へ向かう。
幕府軍との戦いを控えているにも関わらず緊張感のない大阪城内。誰しもが戦いを避けている。その中で業を煮やした真田軍は戦場へ赴き、大きな勝利をあげる。それにも関わらず、叱責を受け、ただただ立場は悪くなるばかりで、戦いは遅々として進まない。
実は大阪冬の陣が仕組まれた形だけの戦いであり、裏では和議が進められていたことを知った佐助たちは怒り、夏の陣に突入すると、ただ自分たちだけのために戦う。
幸村も死に、仲間たちも戦火に倒れる中、佐助は幕府軍の因縁の忍者服部半蔵と、ただ戦うためだけの戦いをして、物語は終わる。

この物語を背景に描かれているのは、若者たちの必死に生きてゆく姿。そして、権力に翻弄されながらも、自分たちの信念を貫いて生きていこうとする力強さと、劣勢にある状態でも決して失わない底抜けの明るさだと思う。
音楽は時代背景とは大きく離れたロック。大阪城で開かれる大宴会の場面は、あたかもディスコティックでダンサブル。何もかもシリアスさを排除して、空虚とも思える戦いに身を置くことで自分たちの生きる意味を探す人々の姿を映しだす。
何か目的があるわけではない。ただ、戦うことによって生きていることを確かめている。むろん、そこには正義感が存在するわけだけれども、その正義感すらいつの間にか消え、戦うこと自体が目的化してしまう。
この物語全体が60年安保の隠喩となっていることは明らかであるけれど、それを加藤泰はシリアスな抗争としては描かずに、どこまでも「若さ」、そして若いことの美しさを描き切ったように思う。
また、音楽は、1960年代には現代音楽の世界では実験音楽やシリアスな音楽が全盛だった中、一人調性音楽へのこだわりを見せた林光のメロディーが印象的で、賛否両論あるかもしれないが、時代劇の中にこれほど異質な音楽を混ぜ合わせることで生まれる違和感や疾走感は、やはりこの映画を佳作たらしめている要因であると思う。
僕は現代音楽の作曲を生業にしていることもあって、現代音楽作曲家が映画音楽を手掛けた60年代〜70年代の作品は深く印象に残っている。一柳彗や武満徹の重厚でシリアスな音楽。その対極にある林光の軽妙さは、映像の中でとても引き立つ。

その若々しい音楽の中で疾走する若者たちの青春群像。戦いを終えた佐助がただ一人、草原を駆け抜けていくラストシーン。段々と引いてゆく映像。大きな草原に、ぽつりと点のように消えてゆく佐助。必死で生きる意味を探しながら生きる人間たちは世界から見れば、一人ひとりはちっぽけな存在かもしれない。しかし、それでも確かにそこに存在し、大きな意味を持っている。
『真田風雲録』はいつ見ても爽やかな気持ちにさせられる、そして、前向きな気持ちになれる美しくて儚い青春映画だと思う。
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