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映画076 駅 STATION

『駅 STATION』 1981年 降旗康男

僕は高倉健が大好きなので、健さんが出ていれば何でもいいやというところも無きにしも非ずだけれど、『網走番外地』や『日本侠客伝』シリーズの頃の無口で男気に溢れている高倉健と同じくらい、任侠映画が衰退した後にも自分の役柄というのを頑なに守り続けている高倉健も好きだ。
僕にとって映画を見始めた頃の高倉健は任侠映画のヒーローだった。そして、いつだったか初めてみたヤクザ役ではない健さんは『飢餓海峡』だった。もちろん、僕はリアルタイムで見ているわけではないので、自分の趣味に偏った見方をしてしまうから『飢餓海峡』を見たときには、こんな高倉健もいるんだという新鮮な驚きがあった。
そんな無骨で無口で影のある男で、しかも問答無用に女にモテる高倉健演じる主人公たちの中で僕が忘れがたいのは、80年代、降旗康男監督と組んだ『駅 STATION』と『居酒屋兆治』の二作で、両方とも何度でも見返してしまう。
ただ『居酒屋兆治』に関して言えば物語の緩さも多分にあるし『駅 STATION』の成功があったから作られた、所謂二番煎じだと言えるのかもしれない。しかし、決して駄作ではないし、それはそれで魅力的なのだけれども、やはり『駅 STATION』の完璧なほどの美しさには及ばない。

高倉健は警察官でオリンピックの代表にも選ばれるほどの射撃の名手の役である。しかし、それも物語の中で段々と垣間見えてくるだけで、この映画には説明くさい部分が一切無い。
例えば冒頭では、さびれた駅のプラットホームで無邪気に遊ぶ子供とその母親らしき女性(いしだあゆみ)が映し出されて、少し離れた所に高倉健ともう一人男が立っている。その映像からは彼らの関係性は何も分からないけれど、どこか楽しそうな雰囲気である。が、しかし、子供が高倉健に駆け寄って「お父さん、お弁当欲しい」とか何とか言うあたりから明るさに満たされていたはずの画面が突如悲しみに満たされてゆく。動き始める列車。母親は涙を流している。それを見送る高倉健。
その出来事が何であったのかは、物語が動き始めてから少しずつ説明されてゆく。
その後も高倉健は、射撃の名手であることから難事件の犯人射殺役を言いつけられ、犯人たちを殺し続けている。しかし、その一方、事件を介して出会う女性(烏丸せつこ)や、ふと立ち寄った飲み屋の女(倍賞千恵子)の生きざまを見つめつつ、自分の仕事の空しさや哀しさを抱え込み、女たちに何か心のより所を見つけている。
しかし、烏丸せつこ演じる殺人犯の妹すず子に恋心を持つわけではない。必死になりながら兄をかばい、紆余曲折の末、兄が消えさってからも彼女は健気に働いている。ただその姿を見つめているだけである。
倍賞千恵子演じる飲み屋の女とは、恋に落ちる。いや、恋ではないのかもしれない。ただ心の淋しさを埋め合わせるためだけに二人は少しの間寄り添っていたのかもしれない。だから、二人とも素性を語らない。過去に何があったのかを知らないままに一時だと分かりながら幸せを味わっている。

結局、主人公は孤独なのだ。人の命を奪うことの罪悪感に苛まれながら、それを語る女もいない。一人ぐっとたくさんの思いを心の底にしまいながら生きてきた男なのだと思う。だから彼は自分を慰める何かが必要で、それを探している。そして主人公の目を通して、彼の前を通りすぎてゆく女たちの人生が見える。それは決して映画の中では描かれないものだけれど、すず子にしても飲み屋の女にしても彼女たちには過去がありその先に未来があることが明確に描かれている。他の人々のひとつひとつの台詞や行動の中にも人生の後ろ側がおぼろげに現われて、それが折り重なっていくにつれて物語の中に無数の人生が広がってゆく。
もしも人生が一本の線であるならば、その線同士が重なりあった一瞬がこの映画には描かれていて、ひとつの線を越えれば、またどこかで違う線が重なりあう。その瞬間が美しくて儚い、限りあるものとして描かれている。
だからこの映画は美しい。ひとりの主人公を通してたくさんの人間の人生が浮き彫りにされて、そこには様々な歓びと哀しみがあることが見えるから美しい。
その人生があまりにも些細で、決して富や名声を得られるものでないとしても、限りある生を懸命に生きているということだけで、生きることの意義を見たような気がする。
だからこの映画を見ると、いつでも、ただ生きているだけでもそれが本当に美しいことなんだと感じる。人と出会い別れ去ってゆくことの繰り返しかもしれないけれど、その中に生まれる喜びや哀しみを感じることが人生にとって大切なことなのだと思う。
ちょっと大袈裟すぎるけれど、それくらい僕はこの映画が大好きで仕方がない。
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