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映画077 バベットの晩餐会

『バベットの晩餐会』 1987年 ガブリエル・アクセル

デンマークの辺鄙な漁村に自らキリスト教の宗派を作った男と彼の美しい二人の娘、マーチーネとフィリパが住んでいた。美しい彼女たちに言いよる男はたくさんいたけれど、猛烈な誘いを交わしながら二人は父の仕事を手伝いながら厳格な宗教的生活を守りぬいてゆく。
やがて父が亡くなり、二人は父からの仕事を受け継いで村の人々の心のより所となりながら齢を重ねていたある日、突然、一人の女性が遠い昔フィリパに想いを寄せた歌手からの紹介状を携えて彼女たちを訪れる。その女性はバベットという名でフランスから亡命してきたのだという。そして、この小さな村で匿ってもらえなければバベットに残された道は死のみであると言う。
二人は戸惑いながらも彼女を受け入れ、バベットは料理人として住み込むことになった。

それから長い歳月が流れ、バベットは村の中にも溶け込んで、何よりもその質素でありながら素晴らしい料理の数々に皆が喜び、いつしかバベットは二人にとっても大きな存在となっていた。やがてバベットの元に朗報が飛び込む。毎年、パリに住む友人に買ってもらっていた宝くじが当たり、バベットは1万フラン手に入れることになったという。
それは、年老いてきたマーチーネとフェリパが父親の生誕100年祭をささやかに村人たちと祝うために晩餐会の構想を練っていた矢先であり、バベットはその料理を作らせて欲しいと願い出る。
姉妹たちは、質素な料理で簡単に済ました方が良いと考えるもバベットの強い意志と彼女からの初めての願いに、晩餐会の料理をバベットに任せることを決め、バベットは喜びながらフランスからの食材を手に入れる為に休暇を取る。
バベットがいない間、大金を手に入れた彼女はもうこの村には戻って来ないのではないと姉妹は不安なときを過ごすけれど、しばらくして豪勢な食材とワインを携えたバベットが戻ってくると、今度はあまりの贅沢さに、これは悪魔の誘惑なのではないかと姉妹は不安に陥ってゆく。何の根拠も無く、姉妹はバベットが料理に毒を入れて村人を皆殺しにするような気がしたり、何か天罰がくだるのではないかと恐れるけれど、結局はもしもそれが運命ならば甘んじて受け入れることを決意する。そしてその意を村人たちにも伝えて、決して料理を味わわずに他のことを考えながら晩餐会をしよう、ということになる。
そして晩餐会の夜、昔マーチーネに想いを寄せていた軍人ローレンスもその席に加わり、遂に食事が始まる。次々に運ばれてくる豪華な料理に舌鼓を打つローレンスと、押し黙る村人たち。それでも料理は次々と進み、いつしか年を重ねて意固地になってお互いにいがみ合いを続けていた村人の心もうちとけてゆく。おいしい料理と完璧なワイン。食事が終わりに差し掛かるとローレンスが思い出話をする。
将軍へ昇格するときのお祝いで連れていってもらったパリの最高級レストランで今日と同じような料理を食べたことがあり、そして、そのシェフは驚いたことに女性だったというのだ。
もちろん皆、それがバベットのことであると気づくけれど、何も言わずに晩餐会は終わる。
村人たちは幸せな気持ちで家路につき、残された姉妹はバベットに感謝の言葉を告げ、そして、同時にバベットにフランスに帰るつもりなことは分かっていると言う。
しかしバベットはもうフランスに帰るつもりはないと言う。何故ならば宝くじのお金1万フランはすべて食材に使ってしまったからお金が無いからだと言い、姉妹はバベットの真心に心打たれる。

この映画を撮ったガブリエル・アクセル監督は、正直他の作品は下世話で何とも言い難いのだけれど、この『バベットの晩餐会』に描かれる抑圧された静かな世界はとても美しい。
もちろんこの映画の主題はキリスト教的な献身である。しかしキリスト教の中にもたくさんの思想がある。姉妹が従事しているのはデンマークの片田舎の一つの村の中だけで信仰されているプロテスタントの小さな宗派であり、バベットはフランスの厳格なカトリック信仰に生きてきた。
姉妹からすれば、カトリック信仰に対して、一言には言い表せない複雑な感情を抱いていたに違いないと思う。カトリックは一つの権威である。バベットが晩餐会の食事を盛大なものにすると決めた際に疑念が湧くことも理解し得ないことではない。隔絶された一つの宗派が他のキリスト教信仰によって、何かを壊されてしまうことを恐れたのだろう。
結局は姉妹の心配も徒労に終わり、むしろバベットが何も語らずに最高の晩餐という形で自らの感謝を見せたことで姉妹とバベットはキリスト教的な愛で結ばれたのだろう。
過去を語らずに頑なに生きたバベットの生き方は恐ろしく強い。しかし、そんな彼女に疑念を抱いた姉妹の信仰は一見バベットに比べて弱いようにも見える。しかし、それは小さなプロテスタントの一派からしてみれば至極当然の疑念であり、必ずしも姉妹が弱い人間であるわけではなく、むしろ村の信仰を守るという責任感の強さからであると思う。違う強さを持った人間が打ち解けあい、最後には分かりあう。

しかし、やはり一番重要なのはバベットの献身で、彼女は自分の持つ財産をすべて投げうって、会ったことの無い姉妹の父親の聖誕祭に心を尽くした料理を提供する。つまり彼女の行為は、姉妹への感謝であると共に、持っているものをすべて投げうつ愛である。
別にキリスト教的な生き方を賛美するわけではないけれど、自らの持つすべてを投げうって誰かのために尽くすことがどんなに大変なことであるか考えると、何かこの映画は切実に胸に迫ってくる。一体何が正しい生き方なのか、それは誰にも分からないけれど、バベットの献身はとても強く美しい生き方だと思う。
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