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本003 光厳院御集全釈 岩佐美代子

『光厳院御集全釈』 岩佐美代子

言葉とは一体なんだろう、と思うことがある。単なる意味を伝えるものだとすれば、無機質な記号かもしれない。しかし、一つひとつの意味の無い記号が折り重なって意味を成し、そして、その意味の連なりの向こう側に何かが見える。単なる説明書でも、レシピでも、意味を成して初めて、存在価値がある。それは無意識的に誰もが知っている。

小説を読むということは言葉の連なりの中に物語を見出してゆくことだと思う。
そして、詩は、言葉そのものの響きや、絶妙に組み合わされた言葉が互いに互いを引き立て合いながら輝く、凝縮された言葉のエッセンスだと思う。
無駄の無い言葉の連なり。短く、少ない言葉の中に込められた、言葉に表せない「何か」を受け止めた時に、何だか、説明できない幸せな気持ちになる。
もちろん、それは小説を読むことの楽しさも同じである。けれど、小説の楽しさとは、物語の楽しみが一番大きいと思う。美しい文であるとしても、そこに物語が存在する以上、言葉は物語から導かれた案内役なのだと思う。
しかし、詩は、言葉が持つ強烈な印象だけが残る。そこには物語は無く、ただ言葉の連なりから受ける「印象」だけが残る。
その言葉に出来ない「印象」こそが、心に深く刻まれて、いつまでも心のどこかの地位を占めて動こうとしないことがある。
小説とは何か違う、言葉そのものを投げつけられて、そしてその言葉が体にめり込んだような気持ちがする。

僕は、10代の頃から日本のものも翻訳されたものも、時には原文でたくさんの詩を読んできた。その中にも僕の心に深く刻まれたたくさんの言葉がある。
ある日、突然出会った吉原幸子の詩や大手拓次の詩は未だに心を離れずに、繰り返して読む。エズラ・パウンドやランボーの詩にも心を揺り動かされる。
たくさんの詩を読むうちに短歌や俳句、和歌を読むようになった。
そして、出会った『光厳院御集』。
その限られた言葉の中に込められた情景や感情があまりにも美しくて、僕は今でも大切にその本を持っている。

光厳院は、南北朝時代の最初の北朝の天皇で、その後、院政をひき、のち出家をする。また、京極派の一員として、たくさんの和歌を残し、『風雅和歌集』を親撰した。『光厳院御集』は、光厳院の残した316首(重複を除き実数304首)から「院御自身によってまとめられたもの」と推測されるある一時期の作品165首(重複を除き実数164首)で、その特色としては、京極派に見られるものと同様に多数の字余りがある。それは光厳院の「表現の完全性を求め」「定型に拘束されず、心に描くものを自由率直にのびのびと詠みたいという欲求」による。
また、この『光厳院御集』は動乱の時期を過ぎて、やや落ち着いた光厳院が「悲痛な体験を経て、陶冶と文学の創造に生かすエネルギーを養い得た時期」に書かれたものであると同時に、光厳院の人間性もうかがい知る事のできる和歌集である。

これは作り手のバックグラウンドで、『光厳院御集』には、そんなことを知らなくても十分に楽しめる、美しい言葉の連なりに満たされている。
例えば、ともしびを詠ったいくつかの和歌がある。



さ夜ふくる窓の燈(ともしび)つくづくとかげもしづけし我もしづけし

ともし火に我れもむかはず燈(ともしび)もわれにむかはずおのがまにまに


そこに描かれた静けき夜の風景と、心の静けさが、同時に現れ、仏の象徴である「火」に向かい、一人、その仏と向き合う人とその心が「燈(ともしび)」という言葉を通して、美しく描かれている。
こんなにも、静かで美しく、穏やかな和歌を僕はあまり知らない。南北朝という今から700年近く前の時代に、こんなにも鮮やかな言葉で和歌が詠われ、そして、今でも僕の心を揺り動かすというのは、とても不思議な気がする。
今読んでも、その言葉の新鮮さは失われず、その他の『光厳院御集』に収められた和歌のどれもが斬新で美しくて、心に響いてくる。
また全釈を行った岩佐美代子さんの素晴らしい光厳院と光厳院御集の研究も読み応えのあって、より深く『光厳院御集』を考えることができる。

僕にとってこの『光厳院御集』は、とても大切な本だし、その和歌の言葉が深く心に残っている。しかし、世界中の人全員にこの気持ちを知ってもらいたいというわけではなく、それぞれの人がそれぞれの心に響いた、自分にとって大切な「詩」を持つことができれば、それはきっと人生を豊かなものにするかもしれないし、少なくとも、大切な言葉がある、ということは、すごく素敵なことだと思う。

「 」内の文章はすべて『光厳院御集全釈 岩佐美代子著』からの引用です。


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